野村克也さんというより野村克也監督といったほうがピ~ンと来る方が多いかもしれませんね。野村克也監督のプロフィールについてご紹介していきます。
また、野村沙知代さんの旦那さんだったことは有名ですよね。
その野村克也監督が本を色々と出されています。
「野村克也からの手紙 ~野球と人生がわかる二十一通~」という本は、2018年に出されています。
本についての評判はどうなのでしょうか?
また、現在は車椅子の生活をされている噂を耳にしましたが、
お元気なのでしょうか?
この記事では、野村克也監督のプロフィールをはじめ野村監督に焦点を当てていきたいと思います。
目次
野村克也監督のプロフィールは?
野村克也(のむら かつや)さんは、1935年生まれ、京都府出身の元野球選手です。
ポジションはキャッチャーで、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)ロッテオリオンズ、西武ライオンズで活躍しました。
日本野球界を代表する名選手の一人です。
野村克也さんは食料品店を営む家庭に生まれます。
周りには裕福な家庭が多い中、けして裕福とは言えない幼少期を送っていたとの事。
父親を3歳の頃に亡くした野村克也さんは、病弱な母親と暮らしながら
新聞配達やアイスキャンディーを売るアルバイトをしていたようですね。
貧乏から抜け出すために歌手を目指したり、俳優に憧れを持つ少年だったようですが、次第に野球選手への憧れを抱くようになります。
その後、中高と野球部に入った野村克也さんですが、母親は野球部に入ることには反対をしていたようですね。
しかし、顧問の先生の計らいにより、続けることが出来たとの事。
先生は野村克也さんの野球のセンスを見抜いていたのでしょうか(o^-^o)
野村克也さんが通っていた高校の野球部は当時は弱小部で、野村克也さんも無名の選手でした。
しかし、野球部の顧問の先生がプロ球団へ片っ端から野村克也さんの推薦状を送り、
唯一返事が帰ってきたのが南海の監督だったという事です。
そして野村克也さんはテスト生として南海へ入団します。
入団1年目、2年目はなかなか活躍する事が出来ませんでしたが、3年目の1956年には一軍に抜擢されます。
そして1957年には本塁打王のタイトルを獲得。南海の黄金時代に大きく貢献します。
その後の活躍は華々しく、8年連続本塁打王を受賞するなど、知名度・実力ともに一流選手となった野村克也さん。
1965年には戦後初の三冠王に輝きます!
当時のプロ野球界は巨人が圧倒的な人気チームで、セ・リーグへの注目が多く集まっていました。
野村克也さんが活躍すると同時に、巨人の長嶋茂雄さんなども活躍しており、
世間の注目はどうしても長嶋茂雄さんなどらに集まっていました。
この事に関して野村克也さんは、「花の中にだってヒマワリもあれば、人目につかない所でひっそりと咲く月見草もある」
という言葉を残しています。
この言葉は野球界の名言として語り継がれています。
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1970年には南海の監督兼選手としてチームを率いる役割になった野村克也さんですが、
選手としても未だ活躍を続け、1972年には打点王に輝いています。
そして1978年にロッテオリオンズに移籍し、翌年1979年には西武ライオンズへ移籍。
そして1980年に26年間の野球選手生活の幕を下ろします。
引退後は監督として1990年から1998年まで南海、1990年から1998年までヤクルトスワローズ、1999年から2001年まで阪神タイガース、
そして社会人野球のシダックスの監督を経て、2006年から2009年まで東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を務めました。
楽天での監督時代には、現在ニューヨーク・ヤンキースで活躍している田中将大 選手を育て、
「マー君、神の子、不思議な子」という名言も残しました。
野村克也さんは野球は自分の全てだと語っているほど、野球に人生をかけている方です。
また、選手としての記録の他にも、数々のぼやきや語録も残しています。
また、野球の解説で眼鏡を忘れてしまうというチャーミングな一面もあります♪
そして野村克也さんといえば、奥さんの野村沙知代さんとのおしどり夫婦ぶりも有名でした。
野村沙知代さんは2017年12月に亡くなっていますが、強烈なキャラで、芸能界を騒がせた女性でした。
野村沙知代さんは毒舌キャラでお茶の間を沸かせていましたよね。
脱税や女優の浅香光代さんとの間で確執があったりなど、数々の騒動を起こし、
メディアが毎日、野村沙知代さんの動向を追っていた時期もありました(^-^;
ちなみに、野村沙知代さんと野村克也さんが出会った頃は、お互い既婚者だったのでW不倫の末の結婚という事になります。
野村克也さんは1960年に一度目の結婚をしています。
お相手は正子さんという女性で、南海電鉄社長の娘だったという噂もありますね。
そして翌年には正子さんと野村克也さんとの間に第一子となる
長男 陽一さんが生まれています。
野村沙知代さんも、アルヴィン・エンゲルさんという男性と結婚しており
二人の息子を持つ母親だったんですね。
野村沙知代さんは、お互いの離婚が正式に決まる前に
野村克也さんのお子さんを妊娠。
1973年に野村克則さんが生まれています。
ちなみに野村沙知代さんとアルヴィン・エンゲルさんとの間に出来た息子さんは
お2人とも野球関係のお仕事に就いているようです。
野村克也さんと野村沙知代さんとの息子である野村克則さんも、父親と同じくプロ野球の道に進み、今はコーチをしているようです。
お2人は複雑でかなり波乱万丈な人生を送っておられたんですね(;’∀’)
野村克也監督の本「野村克也からの手紙・・・」ってどう?評価は?
野村克也さんは野球に関する本や、自身の語録についての本を多く出版されています。
2018年には「野村克也からの手紙 ~野球と人生がわかる二十一通~」という本を出していますね!
こちらの本では、長年プロ野球界で生きてきた野村克也さんが、その中で得た教訓を手紙方式で綴るという内容となっています。
中には田中将大 選手や大谷翔平 選手への手紙もあり読みごたえのある一冊となっています♪
色々な選手とのエピソード、そして戦術や教育など、野村克也さんの考え方がぎっしり詰まっています。
この本を読んだ方の口コミ評価では、
「野村監督の観察力が分かりやすい表現でとても読みやすかった」
「丁寧な手紙を読んでいる気分で、母親あての手紙では泣きそうになった」という声や
「奥さんの野村沙知代さんへの気持ちが正直で、泣けてしまった」という声が見られました。
高評価ですね!
亡くなった奥様への手紙では、「愛する妻」と書かれており、
色々なことがあったお二人ですが、ずっと愛し合っていたんだなぁという事がよく分かりました。
野村克也は現在は車椅子の生活なの?
野村克也さんは2018年で83歳になります。
最近は80代でも元気な方が多くいらっしゃいますが、野村克也さんはどうなのでしょうか?
車椅子生活を送っているという噂もありますが・・・。
野村克也さんの健康面を気になっている方も多いと思うので、調べてみました。
奥様に先立たれてから出演された「徹子の部屋」では、一人暮らしの様子を語っており、
「寂しい」という本音をつぶやいていましたね。
確かに、少し疲れたような、そんな表情にも見えました。
また、神奈川県のホテルで講演を行った際は、車いすに乗って壇上に上がりました。
確かに、車いすで生活していることは確かでした。年齢的にも、足腰が悪いのかもしれませんね。
ただ、野村節は健在なようで、まだまだお元気という印象でした(*´ω`)
車いすを息子の克則さんに押してもらっている時には、
少し嬉しそうで、穏やかな表情もされていました。
おわりに
今回は元プロ野球選手の野村克也さんについてご紹介しました。
過去にはレコードも出しており、野球以外の活動も多く行っていた野村克也さん。
そして、愛妻家で奥様の事が本当に大好きだった事もよく分かりました。
これからも長生きして、日本の野球界へ喝を入れてほしいと思います!